午後9時38分頃、茨城県で震度6弱の地震が発生したようです。

幸い津波の心配はないとのことですが、茨城の方は勿論周辺にお住まいの皆様お気をつけください。

地震と言えば、実は今私が住んでいる熊本県でも4月に大きなものが2つありました。

四半世紀生きている私ですら今まで感じたことのない、下から突き上げられ、立っているのすらままならない(僕は座って揺れに合わせてG行為していましたが)程の揺れたのを記憶しています。

僕の住んでいるところは熊本の中でも中心部の方で、幸い電気・水道・ガスのライフラインは3日ほどで復旧しましたが、場所によっては2週間以上も水が出ないところが沢山あったと聞いております。

また震源地の方では震災より8ヶ月経った今でも倒壊した家を目にします。

今更になりますがあの時に僕自身が感じたことを少し思い出してみたいと思います。

と言いましても大別して3つです(引き出しの少なさに一番驚いているのは私です)。

①水のありがたみ②人の愚かさ③人のありがたみ

①から順に書いていきます。

①水のありがたみ

何が一番苦労したかって、やはり水が出ないことが大問題でした。

水はもはや僕たちの生活の一部になっていますね。

朝起きて、シャワーを浴びて歯磨きをして外出します。

外出先でのどが渇いたときは何かしら飲みますね。昼食を摂った後は歯磨きもするでしょうし、トイレにも水を使います。

帰宅してからもお風呂に入ったり、洗濯をしたりしますね。

「水とともに生きる」のキャッチで有名なSUNTORYさんがHPにて我々がどれくらいの水を一日で使用するか教えてくれています。

mizuiku.suntory.jp/kids/study/k023

家庭での水の使われ方サントリーのHPより

これを見る限り2007年の調査では一日で一人あたり平均約239リットル使用するとのことでした。

改めて数値としてみてみると凄まじい量ですね……

2リットルペットボトルの水ですら一日で飲みきれるのかと言うところなのに、やはり飲食以外で使用する量が半端じゃないです。

僕たちの生活が、いかに水によって支えられているかがよくわかります。

②人の愚かさ

なんだか挑戦的なタイトルにしていますが、まさにこれはその通りだと思います。

今回の地震は熊本で大きな揺れが起こった後、大分にも波及していきました。

で、実は熊本と大分では400年前に今回のような前例があったそうのです。(これに関してはGooGle先生で「熊本地震 昔」とか検索すればいろいろな方がまとめられております。)

そして大きな揺れが起こった後も数ヶ月にわたり余震が続いていたとのこと。

ネガティブな噂というのは広まるのが早いですから、地震から1週間もしないうちに僕の家のご近所さんが「またあと何ヶ月かして大きな揺れが来るらしいよ」と不安そうにされていました。

ただ、このような過去に何かしらの出来事が起こっていて、それが現代のそれと共通していることが多いからと言って真に受けて心身を損ねてしまうのは非常に残念なことだと思います。

「歴史は繰り返す」という言葉がありますね。ただこの場合の歴史というのは人の手によって行われた軌跡であって、自然災害の歴史を同様に考えてはいけないと思います。言い換えればこの「歴史は繰り返す」という言葉は「人間の本質はどの時代においても同じである」と言うことを婉曲的に表現しただけだと僕は考えております。

もう一点。大体このような災害の後には、何でもかんでも楽しそうなことを自粛する企業や団体が多いですね。

何かにつけて「不謹慎だ!!被害者のことを考えろ!!」とか言っている方が多いですから、その標的にならないように考えてのことだとは思います。

しかし思うのですが、何故ネガティブなアクシデントが起こった際に楽しいことをしてはいけないのでしょうか。

「不謹慎だ!!不謹慎だ!!」という人は、芸能人が来てくれて被災者を励ますということも不謹慎なことだとお考えなのでしょうか。

違いますよね、この場合「楽しいこと」は「チャリティー」という言葉に置き換えられて何故か受け入れられます。

であれば「チャリティー」ではないにしろ、自分とその周りの人たちを盛り上げるという行為は「不謹慎だ」と言われる対象でもないのだと思います。

何かにつけて「不謹慎」という言葉を連発する人は言わずもがなですが、その言葉遊びの流れに乗ってしまう方々も非常に残念な方だなとどうしても思ってしまいます。

③人のありがたみ

残念だと思ったこともありますが、やはり一番感じたことは人のありがたみでした。

電気はそこ数時間で復旧しましたし、水道やガスも数日のうちに復旧させてくれました。

地震が起きた翌朝にはDMATと書かれた沢山の救急車が病院の周りに止まっているのを見て、底知れぬ安心感を覚えたのは言うまでもありません。

僕が営業として担当している施設に赴いた際、現場の方々がおにぎりや果物を分けてくれたことも鮮明に覚えています。

僕たちは普段多くの事柄を他者に依存しています。依存というと少し聞こえは悪いですが、何にせよ誰かに助けてもらわないと日常生活が送れません。

そのことをもう一度再認識させてくれる出来事だったなと思います。

さて、少しわかりづらくて冗長な文章になってしまい、申し訳ありません。

それでは今日はこの辺で。