皆様こんばんは。

皆さんの尊敬する人物はどなたでしょうか。アップル創設者のスティーブ・ジョブズ?はたまた相対性理論の提唱者アインシュタイン?いやいや万能の天才ダヴィンチ?

日本に目を向けてみると戦国大名の織田信長もいますね。それとも、薩長同盟の立役者坂本龍馬?ユダヤ人のためにビザを書き続けた杉原千畝?日本にも世界に誇れる人物は数多く存在します。

世界の歴史を見渡してみると本当に沢山の偉人がいてこの問いの答えには困りますね。僕の尊敬する人物はガリレオ・ガリレイとチャールズ・ダーウィンの2人ですが、今回はガリレオについてご紹介致します。

 

ガリレオ・ガリレイ

ガリレオと言えばコペルニクスの唱えた「地動説」を実証した人物として有名です。『天文対話』という著書にその詳細が記載されているわけですが、彼の人生は挫折の連続でありました。

彼の生い立ちから少し説明しますと、1564年に彼はイタリアのピサで生を受けました。1560年が織田信長が桶狭間の戦いで今川義元を討った年ですから、日本で言うと戦国時代の中期に彼は生まれたことになります。幼い頃から成績優秀だった彼はピサ大学の医学部に通うことになります。しかしそこでの講義は古代ギリシアのアリストテレスの哲学を中心とした古い学問だったため、飽き足らずに大学を中退、独学で物体の動きを数学で解明する研究に取り組むようになります。このことによりガリレオは今の物理学の基礎になっている落体の法則を発見するに至りました。この時ガリレオが採った調査方法が「実験と観察」だったそうです。

その後大学講師となったガリレオはなんと自作で望遠鏡を作り、天文学の世界にも興味を示すようになります。今でこそ月にはクレーターがあると小学生ですら知っていますが、その正確な描写を最初に示したのはガリレオです。また彼はその後木星に4つの衛星があることを発見し「メディチ家の星々」と名前を付けたことで、フィレンツェのメディチ家に専属の学者として雇われることとなったのです。彼の発見はローマのカトリック教会にも受け入れられ、名実ともに最高の学者の地位を手にしていました。ここまでは。

転機となったのは、金星の満ち欠けによって地球から見える大きさが異なるという発見でした。これは「地動説」を裏付けるものとなります。当時のカトリック教会は宗教改革があったこともあり、聖書と異なる発言をする人間を異端者として厳しく罰していました。ガリレオ自身も敬虔なカトリック教徒でしたから、自身の唱える地動説がカトリック教会の協議に反していることは重々承知していました。しかし彼の知人に宛てた「聖書に誤りは無いが、それを解釈する人間は時として誤りを犯す」という旨の手紙がカトリック教会の手に渡ってしまいます。それによって彼は異端審問を受けることになるのです。

異端審問によって彼は異端と見なされ、本来であれば火あぶりの刑に処されるところでした。しかし以前カトリック教会に賞賛されていた時期の支持者のはからいによってなんとか命は取り留めるものの、「今後地動説を肯定してはならない」旨の警告を受けてしまいます。失意のうちにいたガリレオですが、地動説を唱える学者と天動説を唱える学者の2人を主人公にした対話文書『天文対話』を出版することで、警告の穴をすり抜けて多くの人に地動説を知って貰おうと奮起するのです。

しかしながら再度異端審問にかけられ、地動説を唱えながら科学者の名誉のうちに殉じるか、地動説を否定することで宗教に敗北し生きながらえるかの二択を迫られます。そこで彼がとった行動が

自身の地動説を否定する

ことでした。一見自分の真義を貫かなかったと見なされがちなこの行動ですが、ガリレオの真骨頂はここからです。なんと彼は幽閉されたフィレンツェ山荘の中で、地動説を裏付ける物理学の基礎を記した書物『新科学対話』を書き上げます。自身の研究の集大成として次の世代に真実を託した訳なんですね。事実ガリレオに触発されてアイザック・ニュートンは万有引力の法則を発見し、17世紀の後半には「地動説」が不動の物として受け入れられていきます。

ガリレオの知識と真実に対する情熱、そして不屈の挑戦によって私たちは次のステージへ進むことが出来ました。彼の姿勢こそ賞賛に値する物だと僕は思います。

最後に彼の遺した言葉をお伝えして締めとさせて頂きます。

”All truths are easy to understand once they are discovered; the point is to discover them.”

「あらゆる真実は一度発見されれば理解するのは容易だ。肝心なのは真実を発見することだ。」

※癒しツアー様よりお借りしております。

次回はチャールズ・ダーウィンについてお届け致します。

さて僕もガリレオに習ってナオ禁の検証を行っている訳なんですが、ようやく7日目を迎えました。ここまで来ると我慢することが大分根付いてきたように思います。しかしながら何らかの突発的な事故によって愚息が反応してしまいますので油断は出来ませんね。とりあえずあと3日間、2月3日まで様子を見たいと思います。