トップ画像は世界の果てまでイッテQの2017年カレンダー2月編です。

ホーエンツォレルン城をバックに出川哲朗氏とデヴィ夫人が微笑む素敵な写真でございます。

このホーエンツォレルン城、日本人には馴染みが薄いかもしれませんが、あのプロイセン国王鉄人フリードリヒ・ヴィルヘルム1世と哲人フリードリヒ2世(大王)親子を排出したホーエンツォレルン家の根拠地であります。

うーん、ピンとこない?

勉強しろ!!

失礼失礼。僕も詳しくは知りません。

でも折角ですから簡単にご紹介しましょう。

プロイセンとは今のドイツの昔の呼び方です。元々プロイセンという国はドイツ騎士団が統治していました。すごいですよね。生まれたときから騎士の国だったわけです(もっと昔を遡ると神聖ローマ帝国に辿り着きますがここでは割愛)。そりゃ戦いも強いし、礼節も重んじるわけだわ。

で、このドイツ騎士団が統治した場所がドイツ騎士団国という国になります(まんまや)。その後16世紀になるとプロイセン国となって、横にあったブランデンブルク辺境伯領と合体します。それがプロイセン国です。

そのプロイセン王国の土台を築いた人物こそフリードリヒ・ヴィルヘルム1世とその子のフリードリヒ2世であります。父のフリードリヒ・ヴィルヘルム1世は根っからの軍人でしたが、子のフリードリヒ2世(フリードリヒ大王とも呼ばれています)は文学や哲学を愛する人でありました。フリードリヒ2世の建てたサンスーシ宮殿はロココ様式の代表的な宮殿とされ、世界文化遺産にも登録されています。

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こちらがサンスーシ宮殿です。宮殿の屋根に沢山の像がありますね。ぱっと見は地味ですが中は豪華なんだそうですよ。ドイツに足を運んだ際は一度行ってみたいものです。写真の手前にある女性像の前で必死にしゃがんだりしている人間がいたら僕です。

話を戻して、ホーエンツォレルン家は結局のところドイツの王様になったという訳なんですね。そして今もこのお城はホーエンツォレルン家の子孫が所有しているとのこと。歴史を感じますね。

ちなみにこのお城の中にはドイツ皇帝の王冠(プロイセン王冠)があるそうです。ベルリンでもポツダムでもボンでもなく、やはりこの王冠は今でもホーエンツォレルン家の物なんですね。ダイヤとサファイアがちりばめられたそれは見事な王冠だそうです。こちらも見応えありです。

プロイセンと聞いたら鉄血宰相ビスマルクを思い浮かべる方が多いと思いますが、実はこんな事実もあったなんてやっぱり歴史を学ぶのは面白いです。

参考文献:南ドイツ観光案内サイト様

さて今までの話と何の脈絡も無いのですが、僕が一番好きな芸人さんが出川哲朗さんです。2017年現在齢50を超えていらっしゃいますが、今でも現役で様々なリアクション芸に挑戦されています。「おじいちゃんになっても可哀想と思われないリアクション芸人でありたい」とイッテQだったか何かの番組で語っていらっしゃいました。売れた芸人はバラエティで司会をやったり、コメンテーターをやったりすることが多いのですが、老いても尚最前線で活躍したいという姿勢は賞賛に値します。

 

最後に

ナオ禁8日目を迎えました。大分自制が効いてきた感じはするのですが、日常生活において何らかのラッキーイベントが起こるとすぐさま卑Yな妄想が頭の中を駆け巡ります。多分昔のキリスト教圏の人はこういうヨコシマな考えが頭をよぎると、やれサキュバスだ、やれインキュバスだと悪魔のせいにしていたんでしょうね。まぁ今でも「妖怪のせいなのよ♪」と言ってるくらいですからあんまり人間の責任転嫁の性分は変わっていないのでしょう。

それでは今日はこの辺で。